2015年4月12日
2004年にJALとエアシステムが統合してローカル路線を飛ぶまで、私は地方の事をあまり知りませんでした。
実家は都内で、20歳で短大を卒業してすぐにJALのCAとして月に20日は海外という生活に入り休みは社員割引きを利用して海外旅行ばかりしていました。入社10年近くになった1992年にソムリエの資格を取得した頃に結婚して、すぐに子供が出来たので、もっぱらワインは職場復帰後の乗務先の海外で楽しんでいました。海外のワイン専門家との交流からグローバルなワイン産業が観光までの経済効果を生んでいる事を知りました。娘が私の通っていた同じ小学校に入り、初めての運動会に行って愕然としました。私たちの頃、生徒と父兄で溢れんばかりだった校庭の真ん中にちょこっと生徒たち、それを親とその両親の祖父母が取り巻いていました。それは日本の少子化とこの少ない子供たちが背負おうとしている上の世代を可視化していて空恐ろしくなりました。「人口の縮む日本の内需を確保するにはもっと海外からの観光客が必要だ。」それも地方に!と思いました。
そんな頃にワインに負けない品質と地方の歴史と文化を凝縮した日本酒との出会いがありました。
この素晴らしい日本酒を世界酒にする事で酒処の地方へインバウンド促進が出来るのではないか、とふと思いました。
「SAKEから観光立国」へのおもいが私の中で膨らんでいき、30年の歴史のある世界最大規模のワインコンペティション、インターナショナルワインチャレンジに2007年から日本酒部門をつくりまだまだ世界に知られていない日本酒の銘柄を発信し、そのチャンピオンサケや上位受賞酒をあらゆる方法で盛り立てて、その日本酒を生んだ地域に人を呼ぶ事、この大きな夢を形にするべく素晴らしい支援をしてくださったのが今回のイベントを開催された阪急百貨店の皆さんです。
そして多くの蔵元さん、飛騨・高山の方々、そして農水省も後援くださいました。
2011年よりIWC上位受賞酒は外務省の在外公館にも採用されています。
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